楽器と見れば。


トイボネン「こんにチは(^^)
 何か軽い食事、頂けますか?」
なんとなく気怠い感じの昼下がり。
 だが、酒場に入ってきたトイボネンには、そんな雰囲気はカケラもない。
陽気というよりは……絶えずそわそわしている、小動物のような印象(^^;)
ジェイド「はい、ただいま(^^)」
 注文を受けて、引っ込んでいくジェイド。
トイボネンはきょろきょろと、座れる席を探す。
 混んではいないが、それをいい事に、みんな一人で一つテーブルを占領していて、空席がない。
君は、彼を相席に誘った。
トイボネン「あれ? デも、すミの小さいテーブル、空いテマすよ?」
 彼が指さした所。そこは、楽師ニナの指定席……というよりは、彼女がステージと決めているテーブル。
酒場には、立派な…とは言えないが、ステージが据え付けられている。
 ニナがそれを使っているのを、見たことがないな。
……あれ? それを知らないってことは、彼、まだニナに会った事がないんだ。
トイボネン「あ、そんな方がいらっしゃるんデすか」
 彼は興味深そうだ。職業柄、当然か。
君は彼に、ぼつぼつとニナの話を聞かせてやった。
 とんとん。トイボネンが君の肩を叩く。
トイボネン「モしかしテ、あの方デすか?」
 うわ……噂をすれば(^^;)
ニナは相変わらず、まわりの事など何も興味のない様子だ。
 まっすぐ「指定席」に向かい、前置きも無しに演奏を始める。
……全く、ニナらしいと言うか……
トイボネン「しッ!」
……君がぼそぼそとムダ口を叩くのを、彼に鋭くたしなめられた。
 トイボネンは、神妙な面もちでニナの演奏に聴き入っている。
楽器職人としての顔なのだろう。さっきまでとはうって変わった、厳しい面もち。
 やがて、一曲が終わる。
トイボネンは、一息大きくため息をつくと、君に向き直った。
トイボネン「あの、ニナという方……ガルドル……えっト、呪歌使いデすか?」
……呪歌?
トイボネン「歌と音デ自然ト和す……えっト、こチらの言葉デは魔法使い……チがうかな……
 僕の故郷で、モっとも敬われ恐れられる方々デす」
……いや……そんな大した人じゃないと思うんだけど……たぶん(^^;)
トイボネン「そうデすか……デも」
 ニナの方を見やる。
リュートの調律をしているらしい。調節しては、つま弾き、また……長い時間をかけて、根気よく。
 と、トイボネンが席を立った。
トイボネン「あの、僕、楽器制作師見習いのトイボネンと申しマす。
 よろしければ、そのリュートを見せテ頂けマせんか?」
……ちょっと、それは大胆過ぎだろう(−−;)
 ニナは無言で、小柄な少年を見据える。
 当のトイボネンは、立ったまま……君の位置からでは、背中しか見えない。
……また、機嫌損ねて、行っちゃうだろうな……

 が。

リュートを差し出すニナ。

 ニナは少しの間リュートに目を落とすと、無言のままそれをトイボネンに差し出した。
……え?
 固唾をのんでいた酒場のギャラリーも、呆気にとられただろう。
トイボネン「ありがトうございマす(^^)」
 少年の気の抜けたような発音が、周囲の雰囲気を崩す。
彼は、貴重品のように楽器を抱えながら、こちらのテーブルに戻ってきた。
 ……一体、何を(−−;)

彼は、ごそごそと足元のバックをあさり始めた。

槌?
鑿?
……出てくる出てくる工作用具。あっと言う間に仕事場だ。
 ところでそれ。……いつも持ち歩いてるのか?
糸巻きをゆるめ、弦を外す。熟練した手つき。
 糸巻きを一つ一つ捻ってみる。取り外す。
トイボネン……なるほど。これは……

リュートを調べるトイボネン。

 ぶつぶつと独り言を言いながら、リュートの検分をするトイボネン。
ひっくり返す。手でなぞってみる。見る角度を変えてみる。
トイボネンふむ
 口元に拳を当てると、彼は道具の中から小さな木槌を選び出した。
こつこつ。
 慎重に、リュートを叩く。叩いた所をなでてみる。また叩く。
こつこつ。こつこつ。こつこつ。
 幾度も繰り返される作業。叩いては検分。また叩き。
トイボネンは万事この調子、道具を選んでは作業を進める。
 糸巻きを付け替え、弦を張り替え……
君が見ていて理解できた作業は、それくらいのものだった(^^;)
 ようやく自分の仕事に納得がいったのか、軽く頷く。
テーブルの上は、大変な状態になっているのだが、彼は気にする様子もない。
トイボネン「ドうぞ(^^)」

 少年は、ニナにリュートを手渡す。
トイボネン「楽器、ニナさんが好きダって言っテマすよ」
 ニナは無言のまま……眉を少し動かした。
リュートを受け取り、楽器と少年を交互に眺める。
 そして椅子に腰かけ……何事もなかったかの様に、調弦を始めた。
ピーン、ピーン……
 ニナが弦をはじく音が数回聞こえ……
がたん。
 ニナは突然席を立った。
無言のまま、君たちの前を通り過ぎ、酒場を出ていく。
……おいおい、まずかったんじゃないか?
トイボネン「いえ? 少し冷めちゃいマしタけど、おいしいデす(^^)」
 少年は、遅くなった食事を美味しそうに平らげている。

……いや、そーじゃなくて……
 まともそうに見えたけど、やっぱりこいつも変な奴だ(−−;)

 時はもう夕暮れを過ぎ、常緑亭はいつものにぎわい。
酒場は飲んだくれ達の巣窟と化している。

 ニナのステージだけ、ぽっかりと空いたまま。


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