ニナは相変わらず、酒場の隅のテーブルで、黙々とニュートを弾いている。
君は、すぐ正面のテーブルに腰かけて、その演奏に聴き入っていた。
酒場の雰囲気にとけ込んだような旋律。だが、決して弱々しくなく、存在感を感じさせる。
酒場の他の面々は、そんなニナの演奏に気付く素振りもなく、バカ話に明け暮れている……
何で気にならないんだろうか、この演奏に。
ちら。
ニナが横目で、君の姿を確認した。すぐ目をそらす。
曲目が変わった。異国風の旋律。一つのリュートで二つの旋律を奏でる、彼女独特の奏法だ。
ニナのリュートには、4本しか弦がない。左手の指が激しく動き、その少ない弦を2倍にも、5倍にもさせているのだ。
そして、音階。ニナはどうやら、君(いや、恐らくこの地方の者は全員)の知らない「音」を出しているように思える。そして、音どうし、うまく響き合うものを注意深く選んで組み合わせている。そのために、同時に二つの音を出しても雑音とならないようだ。
……何日もニナの演奏を聴いていても、分かったことと言えばそのくらいだ……
ちら。
ニナが、また君を見る。
無視されているのは変わらないが、ここのところ、やっと、あからさまな嫌悪の素振りをされるようなことが無くなった。
「ねえ、あなた」
そうだなあ、後は声を聞いてみたいな。やっぱり済んだソプラノか……
「聞こえてないの……?」
そう、以外とこんな感じのちょっとハスキーなアルト……え?
ぼんやりと考え事をしているうちに、ニナが君に話しかけていたのだ。あわてて返事をする。
ちょっと裏声になってしまったが。
「……耳が遠いのかと思ったわ……」
ははは、適当に笑ってごまかす。
話しかけられてみると、意外と親しみやすそうな人だ。声のせいかな……
そうそう、聞きたいことがいっぱいあるんだ。リュートの演奏法のこととか……
あ、話したいことがありすぎて、頭が混乱してきた。
とりあえず、話の切り出しに、声のことを聞いてみよう。
こんなにいい声なのに、どうして楽曲ばかりで歌曲を演奏しないのだろう? 歌を加えれば、曲にも更に奥行きが広がると思えるのに……。
だん!
君が軽い気持ちで、何故歌わないのかを聞いたとたん。
ニナはいきなり立ち上がり、テーブルに思い切り拳を打ち付けた。
君のことを、にらみ付ける。
君はあわてて謝った。何故謝らなければならないのかは、全く納得がいかなかったが……
それよりニナの左手の方が心配だ。よほど強く打ったのだろう、拳が赤くなっている。リュートを弾く大事な手だろうに……
恐る恐る尋ねてみると、ニナはそれには答えずに、足早に酒場を出ていった。
……ニナの表情、泣いているようにも見えたな……
ふと気付くと、周りの客がみんな、君を注目していた。
視線を向けると、あわてて視線を逸らし、それぞれの話題に没頭しているフリをする。
まずったかな……これは……