湖のほとり……


 ふふん。たしかこっちの方に湖があったはずだ。
この辺でさんざん迷った経験のある君は、ちょっとした地形のエキスパートになっていた。
 自慢するようなことではないかも知れないが……

 そうそう、こっち。しけった空気、水の香り、跳ね上がる水の音。

……水の音?

 魚でも跳ねてるのかな。釣り道具でも持ってくれば良かった。
君は、魚を脅かすまいと、慎重に湖畔に近づいていった……

水浴びをする水精。


……水辺では女性が水浴びをしていた。
 君は驚きのあまり、女性を凝視し続けていた。
別の理由もあるのかも知れないが。

 ぱしゃ……ぱしゃん。
女性(君の注意深い観察によれば、恐らくは水精だろう)は、君のことなど気付かぬ風で、ゆったりと水浴びを続けている。
 いや、ちらちらとこちらを横目で見ている。水精は君に気付いているのだ。

……君の頭は真っ白になってゆき……

 うおぉぉぉるうぅぅぅぅぅぅぅぅおぉぉぉん…………

 何かの雄叫びのようなものが聞こえ、君は我に返った。
気付くと、君は腰の当たりまで水に浸かっている。水精は姿を消していた。

 君は、完全に水精に拐かされていたのだ。あわてて湖からは出す。
くしゅん! 湖の水は思いのほか冷たく、君は凍えてしまっていた。

 ずぶぬれのまま、常緑亭に帰るのか……店のみんなにどう申し開きをすればいいのだ?
正直に話せば、ルネッサあたりに「すけべ魔王」とかあだ名を付けられそうだ……

 君は適当ないいわけを考えつつ、常緑亭へと引き返しはじめた。

……ところで、君を正気に返したあの声はなんだったのだろう……?


戻る。