知る人ぞ知る常緑亭の名物と言えば、ゼファの舞い。
舞いを差すような娘とは、とても見えないし、実際舞うような素振りも見せない。
月の綺麗な夜、動物達を観客として人知れず踊っている、とのまことしやかな噂もあるが……
しかし、今日は特別。
ゼファは、季分の節句にだけ、その技を披露する。
夏至祭りの、奉納舞。
ルネッサ「今年は、ちょっと寂しいわよねん」
ルネッサがジョッキを置きつつ、そっと言う。
例年は、もっと各地の冒険者が集まって、大変な騒ぎになるのだそうだ。
それでも、ゼファは舞の手を抜くことはない。
彼女は、人に見せるために舞っているのでは無いからだ。
神官であるサヴィは、神々に感謝を表すために舞うのだと言う。
妖精のタウラは、精霊の司達の注意を喚起するために踊るのだ、と話していた。
そして、当のゼファは……何も語らない。
ただ一心に舞い、祈りを捧げる。
時折、客席に視線を投げかける。浮かべる表情は、微笑みにも見て取れる。
客席に、彼女が祈りを捧げているその「何か」が来ているのではないか?
……一瞬、そんな考えにとらわれてしまった。
ゼファの肌に、汗が浮かび、光っている。
いつもは酒場でバカ騒ぎをする連中も、この時ばかりはただ静かに……畏怖すら覚えつつ、ただ見つめている。
真夏の夜の夢のごと。