誰もいないはずの礼拝堂に、灯りがついている。
その大いなる謎を究明するべく、君は礼拝堂へ向かった。
……何のことはない、誰が何を祈っているのか、野次馬根性を出しただけだ。
大体、今の時期に幽霊もないだろう。
こんこん。
一応、入り口をノックして中に入っていく。
……ほら、いた。
祭壇の手前に、黒っぽいローブ姿の人影が、ひざまずいて祈りを捧げているようだ。
君はその人物の真後ろの位置にいるので顔は見えないが、体形からいってもおそらくは女性だろう。
祭壇の人物も、よほど熱心に祈っているのか、君のことには全く気付かないようだ。
……堂内を沈黙の時間が流れる。
やがて、祈りを終えたらしいその女性は、立ち上がった。
振り返った女性の姿を見て、君は思わず声を上げそうになり、かろうじてこらえた。
しかし、その驚愕の表情は、押さえようがなかっただろう。
女性の顔の左半分は、火傷の痕だろうか、ただれて変色していた。古い傷であるようだが、かなりひどい火傷であったのか、癒やしきれなかったのだろう。皮がひっつれたようになって、顔の左半分は表情を失っている。
その火傷と関係あるのか、左目も薄く濁り、恐らくは視力を持っていないように思える。
その女性は、君に向かってゆっくり歩いてきた。左手の動作がややぎこちない。君は吸い付けられるように、その場を動けずにいた。
「ごめんなさい。次に待っている人がいるとは、思わなかったわ」
彼女は君の前に立ち止まると、言った。顔の右半分が、微笑みを見せる。……印象的な笑顔。
君はその笑顔に引き寄せられ……急に気恥ずかしくなった。へどもどと詫びる。
「あぁ……この顔でしょ。そりゃ、びっくりするわよね……仕方ないわ。私自身でさえ、受け入れるのには時間がかかったもの」
また笑顔。若い女性が顔に傷を負うということ。想像を絶する苦しみであったろう事は、想像に難くない。そんな屈託を、彼女は全く感じさせない。
むしろ誇りとさえ、思っているかのようだ。君は、もう一度深々と頭を下げた。
「ふふ。やさしいのね」
彼女は右手を差し出した。君も手を差しだし、握手をした。しまった……この場合は、跪いて手の甲に口づけをするべきだったか?
彼女は一瞬目を丸くして見せ、次いで細めた。思いのほか、表情の豊かな女性だ。
「あなたとは、また会えそうな気がするわ」
そう言うと、彼女は傍らにあった荷物を、右手一本で器用に担いだ。マントを羽織り、杖を手にする……杖の飾り、かなり高位の魔法使いの物だ……
常緑亭に、泊まらないのだろうか?
「ほんとはね、今日中に行かなければならない所があったの。でも……つい懐かしくて……」
こつこつ、と杖で床を叩く。
「今夜中にはついておかないと、ね」
彼女は杖を一回振って挨拶すると、礼拝堂を後にした。
……何か……キツネにでも化かされた感じだな……
あ、名前すら聞くの忘れた。