「どうしたの?昔は遠慮なんてしなかったよ?」
外で立ったままではゆっくり話をすることもできない。
私は八年ぶりに再会した幼なじみの手を引き、家の中へ招き入れようとした。
正直いってその時の私は相当浮かれていたのだろう。
「がぁつっ!」
という斜め上方からの鈍い音を聞くまで回りが全然見えていなかったのだから…。
taller than...
「いたたたたた…」
そう言って私の目の前でぶつけた頭をさすっているのは、久しぶりの再会を果たした轟虎太郎(とどろき・こたろう)。
で、なんでその幼なじみが頭をさすっているかというと、入り口の鴨居に頭をぶつけたからなのだ。
昔ながらのたたずまいを残している我が家は当然、昔の人の体格にあった作りをしている。
すると、ちょっと背の高い人が通るとさっきのように頭をぶつける可能性があるわけなのだ。
…ほんとのところ、ちょっと注意すればぶつかることはないんだけど、
私が手をひいてたせいで鴨居の高さに気がつかなかったというわけだ。
「まったくこの子は浮かれちゃって。ごめんね虎太郎ちゃん、大丈夫かい?」
そう言ってお母さんは少しあきれた目をこっちに向ける。
うぅ…、浮かれていたのは自分でも分かってるんだから、そんな目しないでよ。
でもこのままお母さんがいたんじゃ、話しづらいなぁ…。
「そういえば、お母さん、買い物いくんでしょ?」
悪いけど、ここはちょっと席を外してもらおう。
お母さんもそれを察したのか、すぐに腰を上げてくれる。
「はいはい、じゃあ後はお若い人たちに任せましょうか」
なっ…、そんなお見合いの常套句を残していかないでよ!
確かに二人っきりで話をしたいとは思ってるけど…、
ほら、なんか気まずい雰囲気になっちゃったじゃないのよ。
えっと、なにか話題はっと…。あっ、そうだ、とりあえず…
「でも本当に身長伸びたね、昔は私のほうが大きかったのに」
「えっ?そうだっけ?」
「そうだぞ。ちゃんと証拠だって残ってるんだから」
私はそう言うと、柱のほうに向かっていった。
「ほら、これ」
「あ…、なつかしーなー。確かこれって一学期が始まる前に毎年やってたよな」
一年生から四年生までの4年間の私たちが、8本の線になってそこに残っていた。
それは二人でした背比べの傷。
下にあるものほど古くすりへって消えそうになっているが、まだかろうじて見て取ることができる。
さらに目を凝らしてみれば、「たえこ」「こたろう」と拙い字で書いてあるのが見える。
私は昔の自分たちに再会したような、そんな錯覚を覚えた。
虎太郎も同じ想いにかられているのか懐かしさに目を細めている。
その当時の想い、虎太郎との再会、そして同じ物を見て同じように感じてくれていること、
それらが一つになって私の心の奥を熱くする。
「ん?なんだ妙子?顔が赤いぞ?」
そう言われて始めて自分の頬が赤くなっていることに気づいた。
「なななな、なんでもないわよ。そ、それよりも久しぶりに計ってみようよ」
「そうだな、じゃ俺からな」
虎太郎は私の狼狽ぶりを気にも留めず返事をした。
…こういう鈍感なのかそうでないのか、分からないところは相変わらずだなぁ。
もうちょっと気にかけてもいいんじゃない?
そう思いながら、私は虎太郎の頭の上に印を付ける。
「よし。じゃあ次は妙子の番だな」
そう言って虎太郎は柱から離れた。
すると、背中の後ろから、8本目と9本目の傷の間、数十センチの何も刻まれてない部分が現れた。
そうか、これが8年間っていう時間なんだ。
…刻めるはずだった柱の傷。
…刻めるはずだった二人の思い出。
しかし実際には、私たちは同じ時間を共有することなく過ごしてきた。
その事実がせつなさをあふれさせて、目頭を熱くする。
このままだと涙があふれてきちゃう。
せっかく会えたのに泣き顔なんて見せたくないよ…、そう思ったときだった、
「これから一つ一つ刻んでいけばいいよ」
虎太郎はすごく優しい声でそう言ってくれた。
…そうだよね。これから一つ一つ刻んでいけばいいよね。
その優しさに、私はただうなずくことしかできなかった。
「それじゃ、新しい思い出作りの第一号といきますか!」
虎太郎は改めて明るい声で呼びかけた。
「うん!」
今度は私も笑顔で応えることができた。
私は柱に背をつけ、虎太郎は印を付けてくれる。
「うわー、こんなに差がついたんだ」
少しの驚きを含む声を虎太郎が発する。
そうだよね。目を合わすにも見上げなきゃいけなくなったもんね。
そう思いながら私は虎太郎の顔を見上げた。
「あらららら、あんたたち早速そんなことを?いや、妙子も大人になったもんだね〜」
いきなりお母さんが声を上げる。
どうやら買い物から帰ってきたらしい。
それにしても、その言い方っていったい何なの?
そこまで考えて、ふと気付いた。
私たちの今の体勢って、
私が柱に背をつけて…
二人は向き合ってて…
虎太郎は私の頭の上に、覆い被さるように手を置いて…
さらに私は顔を見上げるようにしているから…
「なななな、何言ってるのよお母さん!へ、変なこと言わないでよ!」
私はお母さんに食って掛かるようにして虎太郎から離れた。
そんな事を言われてあのままでいられるほど私の神経は太くない。
チラリと後ろを振り返ると、虎太郎も顔を赤くして、でも、ちょっと残念そうな表情を出している。
フフッ、今日はまだ心の準備ができないからダメだけど…、
…でも、いつかきっとね。
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