部屋の中は、ただ暗闇…。

厚い雲は、そこにあるはずの月を隠しています。

それでも…、私の心は恐怖にとらわれることはありません、それは…。

傷 跡


雲は流れて、その切れ間からわずかに月が顔を覗かせます。

僅かな、しかし、柔らかな光が部屋の中をぼんやりと照らしはじめました。

月明かりが浮かび上がらせたのは…。

傍らにいる、あなた。

普段、誰にも見せることの無い無邪気な寝顔をさらしています。

そう…、いつも厳しく、そして優しく私を護り包み込んでいる時には、決して見せることのない表情。

この表情が今の私の宝物…。

私はいとおしむように手を伸ばし、頬をつついてみます。

いつもはこんなこと恥ずかしくて出来ませんから…。

「う…、ん〜…」

私の悪戯に、あなたは顔をそむけるように寝返りを打ちます。

ふふっ、ちょっとご機嫌を悪くしちゃいましたね。

寝返りを打った拍子に、シーツがめくれて、その下からあなたの背中が現れます。

肩口から指を這わせて、あなたの背中を観察します。

数本並んだ傷跡…。

これは、私が先ほどつけたものですね…。

その時のことを思い出して…、頬が熱くなってきます。

気を取りなおして指を下ろしていくと…、かすかな傷跡にたどり着きます。

眩い日の光の下では逆に隠れてしまうような…。

こんな月明かりの下でこそ浮かび上がってくるような…、そんな傷跡。

これはあの時の…。

あなたとの別れの日、蔵に閉じ込められた夜。

月明かりを背負って、天窓からやって来たあなた。

でも、足を踏み外して…。

傷を負ったあなたは「大丈夫だよ」って笑って言ってくれましたけど。

私を心配させないための、強がりだったんですよね…。

でも、その優しさが嬉しくて…。

…そう、あなたはいつでも優しくて…。

そして、あなたがそばにいるだけで、温かな気持ちになれます。

今だってそう…。

暗闇の中にいる私を包んでくれる…。

私にとっての暗闇は、絶対の孤独でした…。

でも今日からは…。

…再び雲が月を隠してしまいました。

部屋の中に闇が降りてきます。

わずかですけれども、まだ胸の痛みを感じます…。

ですから…。

あなたのぬくもりを分けてくださいね…。

私はあなたの背中に寄り添うようにして、前に腕を回します。

何も遮る物はなく、肌と肌が触れ合います。

あなたの息遣い、あなたの匂い、あなたの鼓動。

それらがまるで、自分のもののように感じられます。

今夜はずっとこのままでいさせてくださいね…、あなた…。

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