Turning Point
日本全国に渡る俺の旅もとうとう終わりをとげた。
俺が最後に選んだ地は広島。
互いの想いを確認しあい、昨日、東京に帰ってきた。
家の中には相変わらず誰もいなかったが、寂しさを感じることはなかった。
心の中には一人の女性が微笑んでいてくれているのだから。
俺は、夜の闇に包まれたこの家で一人、広島にいるはずの優に思いをはせていた。
先ほどから降り始めた雨は、外の騒音をかき消している。
物思いをするのには絶好のシチュエーションだ。
ベッドの上で横になり、今まで優と二人で作ってきた思い出を一つずつ反芻する。
そして、昨日までの思い出の再生が終わった…。
「優は今、何をしてるんだろう…」
過去を振り返ることを終えると、今、優が何をしているのかが急に気になりだす。
たった一日ちょっとの間会わないだけなのに、その姿が、声が、遠くに行ってしまったような喪失間に襲われる。
せめて声だけでも…、そう思い俺はベッドの横にある電話に手を伸ばした。
アドレス帳を見る必要はない、この一年間何度押したかも分からない電話番号をプッシュした。
トゥルルルル…、トゥルルルル…。
幾度かのコール音の後、電話はつながった。
「はい、七瀬です」
「あ、優…」
「ただいま留守にしております、ご用け…」
俺は電話を切った。
確かに優の声を聞くことができたが、テープに録音されているその声はどこか無機質であった。
「何か…、聞けないよりもがっくりくるな…」
俺は誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
仕方がないので、今度は優との未来を思い浮かべることにした、が…。
グ〜〜〜〜
腹の虫がなった。
よく考えてみれば、帰ってからろくに何も食べていない。
「想いじゃ、腹はふくれないか…」
俺は苦笑しながら、台所へと下りていった。
「こういう時って、一人暮らしは寂しいよな…」
冷蔵庫を開けてみると、そこにあったのは、ジャガイモ2個・牛乳1パック、あと何か怪しげな清涼飲料水であった。
両親がほとんど帰ってこないので、食料の調達は自分で行わなければいけない。
「しょうがない、コンビニでも行くか」
ジーンズの後ポケットに財布を突っ込んで、俺は雨の振る夜の町に出ていった。
いや、出ようとした…。
玄関の扉を開けて、外に目をやると、街灯の下に人影を見つけた。
一瞬、それが誰だか分からなかった。
それは予想もしていなかった人物であったためであろう。
「優…、なのか…?」
俺はその人影に向かって話しかけた。
しかし何故、ここに優が、しかも、この雨の中傘も差さずに立っているんだ?
その人影―優―は、こっちに近づいてきて、
「…会いたかったよ…」
儚げに、そう一言つぶやいた。
雨の中、話をするわけにもいかないので、優を家の中に入れ、シャワーをすすめた。
いつからこの雨の中にいたのか分からないほど、優の体は冷え切っていた。
俺は台所で牛乳を温めているが、どうしても浴室の優のことが気になってしまう。
さっき見た優は、何と言うか、覇気がなかった。
この一年間、色々な優を見てきたがこんなことは初めてだ。
そのあたりのことも含めて、少し聞いておくべきなんだろうな…。
そうこうしているうちに、優がシャワーから上がってきた。
濡れた服は洗濯機の中で回っている最中なので、とりあえず俺の服を貸した。
丈がちょっと長いのはしょうがない。
というか、ちょっとぶかぶかの服を着ているのって、余計にかわいく感じてしまうぞっ!
…っと、イカンイカン、そんな事を考えている場合ではない。
とりあえず、リビングのソファをすすめて、ホットミルクを差し出した。
それを受け取って、フーフーと冷ましているのを見て、優の横に腰を下ろす。
カップに口をつけ、ミルクを一口飲み、一息ついたところで、俺は口を開いた。
「何だって、あんなところにいたんだ?」
まずその疑問を口にした。
「やっぱり迷惑だったかな…」
シュンとした感じで優が言う。
「い、いや。迷惑なんて思ってないよ。俺もちょうど優に会いたいなと思ってたところだし」
「ホント…?」
「ホント、ホント」
俺は何度も頷く。
それを見て優の表情もいくぶん柔らかなものになった。
その表情を見て俺はホッとした。
そして俺達は見詰め合い部屋には心地よい沈黙が流れた。
外の雨の音が優しく俺達を包んでいた。
「で、どうしてこっちに来たの?」
俺はもう一度聞いてみた。
「うん…。今までも急に思い立ってキミに会いたいと思ったことは何度もあったんだ」
ぽつりぽつりと優が話し始める。
「でもその度に、キミには迷惑なんじゃないかって思いとどまってきたんだ。
だって、キミが私のことをどう思っているかを知らなかったから…。
でも…」
優の声が震え始める。
「…でも、キミの気持ちを知ってから、自分の押さえがきかなくなって…」
そう言って俺の方に顔を向ける。
その瞳からは真珠のような涙がポロポロと落ちていた。
…そうか、今まで優は『迷惑かもしれない』ということで溢れてくる想いを堪えていたんだ。
でも、俺の告白でその境界線が曖昧な物になってしまった。
だから、『会いたい』と『迷惑』の間で不安定な状態になってしまったのか…。
そう考えたとき、俺の心の中に相反する二つの想いが現れた。
愛する人に愛されている喜び。
愛する人を苦しめてしまった悲しみ。
そんな想いが混沌と混ざり合って、一つの行動に達した。
愛おしさと謝罪の意を込めて、俺は優を抱きしめていた。
「ゴメン。優が苦しんでいるのに気がつかなくて…」
目を合わせて言う。
「でも、優ならいつ来たって迷惑なんか思わないよ」
「ホント…?」
俺は頷く。
そして、優の頬に手を当て、顔を近づける。
優もそれにあわせて目を閉じる。
2度目のキスは、言葉よりも雄弁に思いを交わすことができた。
「それにしても、旅はもう終わりじゃなかったっけ?」
キスを終えてしばらくした後、少し意地悪く俺は優に尋ねてみる。
しかし、優は微笑を浮かべながら言った。
「これは、私にとって旅じゃないんだよ…」
俺の胸板に頭を乗せ、背中に手を回して言う。
「…私は帰ってきただけだもの。 私の帰るべき場所に…」
Happy End
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